2001年07月13日
今日のお題は「ユーザテスト用の機材」です。といっても、そんなに大げさなものではありません。前のコラムで紹介したKrugの本にも、「マジックミラー越しに観察できる続き部屋や高価なビデオ編集機材なんていらない。誰かメンバーが個人所有しているビデオカメラを持って来させれば充分」といったことが書かれていますね。
確かにσ(^^)などが会社の業務で実施する本格的なユーザテストでは、マジックミラーを通して被験者を観察できる続き部屋(刑事ドラマの取り調べ室を想像して下さい)がありーの、その部屋から遠隔操作できる天井据付カメラがありーの、複数のアングルからの映像を1画面に合成する機械がありーの、観察者が司会役に指示を出せるコードレスレシーバーがありーの、一式揃えたらン百万円単位の設備を使用します。こういった設備が有用なのは、主に説得フェーズにあたるテストを実施する時です。ユーザビリティテストに懐疑的な開発者やデザイナー、マネージャー達が続き部屋で自ら観察者として参加することは、何ものにも代え難い(その製品に改良の余地があるという)インパクトを彼らに与えます。大きな組織においてユーザビリティ改善のための足並みが揃わない場合に有効です。また、たいていこういった観察室は防音に配慮されており、そういったコンセンサスやモチベーションがある観察者同士の場合は、観察をしながらその場でディスカッションが始まります。もっとも素早いケースでは、まだテストが終わらないうちに、そこで新たな改善方針が打ち出されてしまったりします。このように、大規模なユーザテスト設備は、やはり大規模な開発部隊の中でのコンセンサス作りや共通目標のための共通体験は有効であると言えます。
しかしKrugの言う通り、誰もがこのような設備を必須とするわけではありません。既にユーザビリティ改善の必要性を理解している比較的小規模な開発グループあるいは個人が、純粋に問題点発見のために実施するユーザテストなら、もっとずっと簡単に始められるんです。
まず最低限必要なものは、評価対象が評価できる環境です。あたりまえですが、ソフトウェアを検証するにはそれが動作するハード一式が必要になります。ただ画面サイズや処理性能などは、典型的にユーザが利用する環境に近いことが望ましいですね。むやみに画面が広く処理速度の速い開発用のマシンで検証すると、思わぬ欠点を見過ごす可能性があります。例えばWebページの評価を社内でやる場合、デザイン用の21インチディスプレイは好ましくないでしょう。またサーバーが同じLAN内にあって、一般のユーザがプロバイダ経由でアクセスするのとあまりにレスポンスに差があるのも問題です。もちろんそういった状況でもある側面の問題点は発見できるので、やらないよりはやった方が良いんですが、可能であれば一般的なユーザの環境に近い状況をセッティングするに越したことはありません。
部屋に関しても同じことが言えます。Krugの本は主にWebデザイナーに向けた本なので、「集中できる静かな部屋が望ましい」と書いていますが、逆に工場で利用する生産管理システムなどを評価するなら、やはり実際の現場で検証するべきです。静かな部屋で問題なかったシステムも、騒々しい現場では集中力が落ちて理解できないかも知れません。いざ現場に持ち込んだら音声ガイダンスが聞き取れなかったということも起き得るでしょう。
勿論、必ずしもすべてのテストで実際の使用現場に近い環境設定に労力をかける必要はありません。開発の進行状況を鑑みて、例えば音声部分はまだ未実装なので騒音の効果の検証はもう少し後に回し、まずはオフィスで検証というのは大いにアリです。無駄な環境設定にコストをかけて、テスト実施回数を減らす必要はまったくありません。ただし、製品の実際の利用状況下で検証するのがもっとも妥当性の高い問題点発見につながる、ということは頭の隅にでも覚えておいて下さいね。
さて、もうひとつKrugも挙げている重要な機材はビデオカメラです。映像記録はやっぱり撮っておいた方が良いと思います。その場で思いつかなかったことを、後で見返して確認したくなることもありますし、要改善項目を挙げる際の証拠物件にもなります。また、カメラの映像出力からケーブルを引っ張って別室のテレビモニタにつなげれば、マジックミラーのついた観察室の代わりに使うこともできるのです。実際、我々が「出張鑑定」と呼ぶ、クライアントの社内施設で評価を実施するときにはこの手を使います。
Krugの言う通り、評価メンバーやその知り合いが個人所有していれば、それを借りれば充分です。ただ最近はDVカメラも安くなってきてますし、もし余裕があればテスト用に買ってしまうことをオススメします。常備されていればいつでも思い立った時にテストが実施できるからです。いざって時にカメラの持ち主が旅行に持ってでかけていて、なんてことになったら、せっかくのテスト意欲も萎えてしまいますよね。また、毎回調達先が違うと、こないだは8mmビデオだったのに今回はminiDVだったりと、メディアの種類がバラバラになり整理がつきにくくなる場合も。
カメラが小さい方が被験者への威圧感も少ない、テープが嵩張らないなどの理由で、今から買うならminiDVが良いかと思います。たいていのDVカメラはバッテリーや充電器、ACアダプタなどの付属品がアクセサリーキットという形で別売りになっているのでご注意を。それと用途が用途ですから、三脚も必須だと思います。普通のスチルカメラ用とムービーカメラ用では向き固定のためのピンの有無が違ったりするんですが、固定ネジの径は同じなので、もし写真用にお持ちでしたら流用も可能です。
もしこれからDVカメラをユーザテスト用に買うのであれば、是非選択の基準にすると良いポイントをお教えしましょう。それは「三脚につけたままテープの交換ができるかどうか」です。最近のDVカメラは底面が開いてテープを出し入れするものが主流で、ユーザテストのように三脚使用率の高い使い方ではかなりフラストレーションがたまります。せっかくビシッと決めたアングルもテープを交換するたびにやり直し、なんてことも。トレンド的に廃れつつあるようですが、ユーザテスト用には是非側面や上面が開いてテープ交換するタイプを探してみて下さい。
またしてもだいぶ長くなってしまったのでそろそろ終わりにしますが、ついでにもう1点だけ。ソフトウェアやWebページの評価に使う(被験者が使用する)モニタはCRT(ブラウン管)のものより液晶モニタの方がオススメです。なぜならビデオで撮影した時に、CRTだとフリッカーと呼ばれるチラチラが発生してしまうからです。液晶モニタも値段が下がってきてて、15インチ(一般的なユーザ環境としては妥当なクラスでしょう)なら5万円を切るなんてことも珍しくなくなってきていますので、一考の価値はあると思います。
その他の機材の選び方についても疑問などありましたら、お気軽にコメントをお寄せ下さいませ。